公開討論会【現場からリアル報告中です】原発事故・放射能汚染と農業・農村の復興の道

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公開討論会【現場からリアル報告】
原発事故・放射能汚染と農業・農村の復興の道

日時:2013年1月20日(日)13:30~17:00
場所:立教大学池袋キャンパス
マキムホーム(15号館)M202教室

討論者
小出裕章:京都大学原子炉実験所助教
明峯哲夫:有機農業技術会議代表理事
中島紀一:茨城大学名誉教授
菅野正寿:福島県有機農業ネットワーク
コーディネーター:大江正章 コモンズ代表

小出
福島原発で放出された放射性物質は、広島・長崎の数百発分。
二本松市における汚染は、1平方メートルあたり6万ベクレル。
放射線管理区域の基準は1平方メートルあたり4万ベクレル。
大地そのものが汚染されている。
本当ならその地から人を引き離さなければならない状態。
被ばくをしながら福島の農民は生きている。
それにどう立ち向かうかが今日の課題。
このような場所には住むべきでない。
すぐに移住すべき。

菅野
阿武隈はアイヌ語で牛の背中という意味。
桑畑も荒れ放題という中で、地域づくりを進めてきた。
首都圏の皆様との産直提携を進めてきた。
県外に16万人も避難している。異常な状況である。
低線量被ばく、内部被ばく(野菜を食べる)が福島県の住民を不安にさせている。
年間の被ばく量を5ミリシーベルトにするのか1ミリシーベルにするのかで国も迷っている状況。
二本松市は、毎時0.8ミリシーベルとのところもある。
娘は、ホールボディカウンターでNDとなったが、カウンターにも検出限界というものがある。
基準が体に与える影響が分からないのが問題。
学校給食で地元産の米を使うようになったが、野菜は復活していない。
住宅除染も始まり、1戸あたり80~100万円。
大手ゼネコンが行っている。線量も元に戻ってしまっている。
杉林とか松林とかの場所が線量も高い。
いくら住宅除染をしても元に戻ってしまう。
周辺の森林除染をすべき。大手ゼネコンが行っている除染を住民で行う必要がある。

復興のプロセスに住民をもっと参加させるべき。
今回の問題を食べる食べないとか、逃げる逃げないという狭い議論にして欲しくない。
地方に何もかも押し付けてきた、日本の歴史の問題。歴史の縦軸で考えていきたい。

大江
低線量被ばくの危険性を菅野さんも気にしていた。
この点小出さん。

小出
議論するまでもない問題。
放射線はどんな低くても危険!
これぐらいなら安全だ、という基準はない。
被ばくは特に子供たちが危険。

中島
震災直後の3月には、農業はアウトだと思った。
しかし、避難区域以外の農民は畑を耕した。
菅野は自前の測定機で測ったが放射能は出なかった。
全袋検査では、99.8%が25ベクレル/kg(米)以下。
特別に出るものはあるが、その他は出ていない。
これはまぎれもない事実。
ただし、果物や山野草、タケノコ、きのこは出やすい。

小出
数字は数字の危険性がある。
問題はそれにどう向き合うか。
25ベクレル以下だから安全というものではない。
きのこ産業は大変だと、私も思う。
私は500ベクレルだって大人だったら食べれば良いと思う。
問題は子供をどう守るかだ。

中島
米の今の全袋検査の測定レベルが25ベクレルということであって、
ゲルマで測定すると数ベクレル程度。
25と言ったから、では20は? とかそういうことを言っているのではない。
言いたいのは、もっと高いレベルを予想していたのに、
現実はそうでなかったということ。
移行率が相当低かったということは認識すべき。

小出
移行率そのものは植物によっても、土壌の性質によっても異なる。
ベラルーシでカリ欠乏の土壌では、移行率が高かった。
日本はカリ欠乏土壌ではないので、移行率は低かった。
それは喜ばしいことと思う。
では、その土壌でどのような農業をすべきか?
今は地表面が汚れている。それにたい肥を入れればさらに汚染される。
それに対して近代農業のカリ肥料は岩塩でできているため、作物に入るセシウムの量を減らすことができる。

中島
循環型の農業の有機農業は困ったなと、最初は思った。
実態としてその状況は違っていた。
空気中の放射性物質は、地表のごく薄い部分に降った。
地中はそれと比べにならないくらい膨大。
土はガンマ線を遮断する効果も高い。
カリ欠乏の関係は、
植物側から見た場合だけでなく、
植物にすえないように土でコントロールするという考え方もある。
土そのものが持っている機能によるところが大きい。
循環型だからセシウムも循環するということではない。

明峯
有機農業だから移行率が低いということは残念ながら言えない。
放射能汚染にしきい値がないということはあたり前の話。
線量の議論をしたいのではなくて、放射線は危険ということを前提にしたい。
その先に福島に止まって農業を行う意味。
そこが重要なのだ。
現地でがんばっている農業者への外部被ばくは無視できない。
このような農業者の犠牲の上にたって、農産物がつくられている。
危険だから逃げたら良い、という単純なものではない。
これは有機農業に限らない問題。

菅野
有機質で質の良い農地はベクレル数は低い。
これは2年間の経験で分かってきた。

まさに管理区域と言われている中で農作業を行っている。
なんで君は逃げないんだとヨーロッパの記者に言われた。
3500年の日本の稲作文化は農耕民族。
どうやってこの土地で生きるかの問題。
逃げる訳にはいかない。

明峯
「危険かもしれないけど逃げる訳にはいかない」ということ。
これが議論されていない。この第3の道を選択した人が圧倒的に多い。
このことの意味を問うべき。
不安をもちつつ止まる人は多いということ。

小出
被ばくは必ず危険だ、ということをまず認識すること。
本当は逃げたいけど逃げられないという人もたしかにいる。
これは、国がなんの支援もしないので逃げる訳にいかない、というだけではないか。
特に農業者は逃げられない。そのような苦悩の中で生きていることは分かる。

明峯
農業、林業と漁業は逃げられない。
その状況を招いたのは東電と国。
それは前提。あたり前の話。
逃げられない営みはある。
逃げられない人によって社会が支えられている。
福島県産を食べないということは、福島から逃げているということになる。

中島
本来その土地に生きるということが人間。
二本松東和でアンケートをとったが、自給自足が進んでいる地域。
いちばん人間らしい生活をしている。
本来のくらし方だから逃げない。
人類が持っている価値の問題。

菅野
放射能汚染以外にもリスクはたくさんある。
東京の人こそまさに逃げるべき、ではないのか。

小出
私も東京から逃げるべき、ということには共感する。
私達が立ち向かっているのは放射能。
どこかに逃げるという選択視があるべき。
特に子供は。

明峯
爆心地で農業をやっている訳ではない。
程度の問題。
たったひとつの数字だけで人生を左右させられてたまるか、
という人もいる。
あえて危険な事をするのもまた人間。
人間の持つファクターが重要。

小出
国が責任を持つべき。
しかし、現在の福島県の住民の取り残し方は問題。
低線量でも人を元の地に返すべきではない。
農業を守るために、そこに止まるということは、子供も止まらせるということ。
その考え方には躊躇する。

大江
この討論会は何が正しいのかを決めるものではない。

中島
結果として食べ物からの内部被ばくは少なかった。
外部被ばくも、
セシウム134の方がガンマ線が強いので、(その半減期が近づいているので)今後は弱くなるはず。

大江
子供には食べさせられないのか?

明峯
子供の健康に関しては異論の出しようがない。
しかし、子供だけ特別扱いして良いのか。
子供も戦いに参加させるべきではないのか。
子供を守ることが最優先なのか。
子供を育てるということは健康面だけの問題なのか。
暴論だと思うが、あえてそれを前提に発言している。

菅野
自分の作った野菜は、当初心配の中で食べた。
しかし、測定したら10ベクレル以下だった。
じいちゃんばあちゃんはこれなら孫に食べさせられる、と喜んだ。
随分野菜を子供に食べさせる家も増えてきたが、まだ、別々という家庭もある。

明峯
これも程度の問題。
ファクターは二つ。健康が唯一の選択ではない。
子供を「どう育てるか」とのファクターもまた存在する。
子供に、「一緒に戦おう」ということも、また親の責任ではないだろうか。

小出
子供に危険が迫るものはやるべきではない。
私は、(子供の)お釜は別にする。
(会場拍手)
私は、チェルノブイリの後でも、汚染されたヨーロッパの食品は食べた。
しかし、子供には食べさせなかった。
選択はいろいろあるが、放射能は危険。

明峯
食卓を一緒にするということも大切。
逃げることのできない食生活もあるということも知るべき。

(休憩)

大江
会場から質問。ストロンチウムとプルトニウムの汚染度合と影響

小出
大量に出たのはヨウ素。
ただし、半減期は8日なので消えた。
ストロンチウム90の放出量は、セシウムの1000分の1程度。
プルトニウムも、さらにその1000分の1。なので、影響は少ない。
従って、何より注意すべきはやはりセシウム。
ただし、「海洋」にあたっては、ストロンチウムがセシウムと同じぐらいの量で放出されている。
海産物のストロンチウム汚染は今後注意すべき。

大江
農作業中の内部被ばくに関しては。

小出
けがをした傷口から放射性物質が入ると危険。ほこり。目からも。
マスクをすればかなり防げる。

菅野
2年目になると、農業者も放射能に関して鈍感になっている。
慣れが怖い。どろ水から水田にセシウムが入る可能性が高い。
そのような対策は必要。
もっときっちりとした農民の健康検査をする体制が早急に必要。

大江
しからば、西日本の野菜は安全なのか?

小出
世界中の農作物が福島の事故で汚染されている。
西日本の野菜だから安全だと思ってはいけない。
程度が違うだけ。
どんなものも汚染されている。
安全なものはない。
安全でないということを知りつつ、それとどう向き合うか、ということ。
映画で18禁があるが、食べ物に、たとえばそのような制度を導入する。
60禁とか。そのような仕分けが必要。
それによって、農業も支えられる。
産地だけで判断すべきではない。
世界中の食べ物を測定し、対策を考えるべき。

中島
1ベクレル程度であれば、60禁というような話にはならない。
子供たちだけを取り上げることは、リアリティーに欠ける。
北海道や九州からも出たことがあったが、原因は機械の性能。
セシウムとカリウム40の区物ができなかった。

大江
居住が禁止されている農民へ支援のあり方。

中島
居住禁止がどの程度続くかが心配。
仮設でも、自分の食べるくらいの野菜をつくれるようにすることが大切。
補償の問題もある。
事故前レベルの補償がいつまで続くかが問題。
避難区域が解除されると補償金が減額になるのではと心配する。
仮設で仕事を持ててる方は少ない。補償金で生活している状況。

菅野
主食である米と、たまにしか食べ物は、基準を変えるべき。
福島の現状にあったものに。

大江
土地に対する単なる執着?

小出
それは、そのような考え方もあるだろう。
一概にこうしろ、とは言えない。

中島
危ないという話はたくさんあるが、
そこでも、子供も含めて生活すべきという議論が少なすぎる。
これをいうと攻撃される。

明峯
子供と一緒に食べるということを、「あえて」言わなければならない。
ここまで来ると、日本の社会の問題。子供の育て方の問題。

大江
福島県農産物の流通状況は?

(会場から)
大地を守る会の戎谷さん

福島は一大産地。
しかし、風評被害や拒絶反応は確かにある。
慎重な傾向は今も変わっていない。
測定もやってもらっている。

菅野
福島の問題は、20~30kmの線引き。
実際は、その他の地域でも放射能がまだらに存在している状況。
50mメッシュの調査。その実態調査がないままに、膨大な予算で除染を行っている。
大規模ハウス、野菜工場ができつつある。それが本当の農業の姿なのか?
これは日本の農業自体の問題。
福島の現状を見ていただいて今後考えていきたい。

大江
支援のあり方

中島
その地域で抱えている苦悩は複雑。
福島の農業者が何を欲しているのかから出発する必要がある。

(以上、17:00終了)
【以上の記録は、特定非営利活動法人福島県有機農業ネットワーク 齊藤登 ⇒ 現場から速記録し、瞬時にこのブログに上げたものです。】


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貴方方の安全意識は何処へ行った!

専門家の言葉にまるで耳をかさない貴殿らに怒りを覚える。あれほど安全を声高に叫んでいた貴殿らが本当の意味で勇気ある行動をとれない様を見ているとこれが貴殿らの有機農業だと分かりました。つまり自分たちの都合優先の有機。本当の勇気は危険が迫っている皆に逃げようとどんなに非難を受けようと説き廻るのが本来の貴殿らの役目でしょう。大事なのは子育てやその他の如何なる都合でもなく命なのだ。もし子育てであれば命の危険がある時は如何なる事を捨てでも逃げる事を教えるのが教育だ。いい加減に目を覚ませ!

何を持って安全というのか!

この冬が明ければ山から流れ出す清水(この場合は汚染水)が飲料水をはじめ家畜飲料水等、外部被ばくではなくまさに内部被ばくにつながることが何年と続くのにこの発言。小出教授のコメントにもほとんど対応しない自己主張の連続、まさに白雉化したとしか思えません。
 またこの問題にはいろいろな考え方があるという方もいるがそれは自分への言い訳であり、自身の心の奥底に正しい答えを知っているのが真実である。命の危険にさらされているときに本能的に行動できない。それこそ生命体としての本能を失ったエセ人間である。大ばか者である。

留まることへの支援も必要と思います

「貴方方の安全意識は何処へ行った!」に、長文になり恐縮ではありますがコメントさせていただきます。

高線量の中で仕事や暮らしを営む方々、特にちいさなお子さんの命を気遣うお気持ちはよくわかります。しかし、放射能が命を奪うリスクを高める要因であることは間違いないとしても、避難するか、留まるのかをどの場所で線引きをするか、というのは万人を対象にした場合には本質的に決められない問題ではないでしょうか。誰かがきめるにしても、誰が決めるにしても、そのグレーゾーンにおいては、自身のお子さんを含めてその地に留まるか、去るか、を決めるのは、最終的にはご本人自身でしかありえないと思うものです。
「子供も戦いに参加させるべきではないのか。」「健康が唯一の選択ではない」という発言はその言葉だけをとらえれば、大人として、保護者としての責任を放棄したもののように捉えることができますが、こうした発言の背景におそらくは相対的なリスクの価値判断があり、「健康を犠牲にしてもよい」という意味とは違うと考えるべきと思います。
放射能を含めて、我々はさまざまな「生命のリスク」の中でバランスを考えて生活している訳であり、たとえばたばこを吸うことや交通事故に会うリスクと放射能のリスクを比べて、放射能のそれが比較的小さいと判断するならば、その地に居続ける判断もありうる、ということになると思います。

一番の問題は、それを決めるにあたっての情報提供が十分なされていない(多分世界的に)、ということであると思います。それを背景として、ある人が「当然住むべきでない」と思っている地域で「居住どころか農産物の生産」がおこなわれているということが起きているのだろうと考えます。

時間当たりの放射線量やm2あたりのセシウム沈着量は発表されていますが、放射能のリスクについて、小出裕章先生のように「わずかでも危険」という人から100mSv/year以下は安心、という人まで様々な主張が存在する状況下での判断では、現実的にその地に踏みとどまり、「農業」や「生きる場」を再建していこう、という方々も現実にいらっしゃるわけであり、その中には家族でその地に踏みとどまる方も多いことでしょう。そうした方々への支援は、個人的な思いを超えて必ず必要であると思います。
その支援は東電や国からの補償金もそうでしょうし、セシウム吸収抑制対策を柱とした技術支援も必須でありましょう。

私は、その支援をしている方々を「命を縮めさせるものであり、許せない」とするよりも、たとえば今の警戒区域や計画的避難区域等の線引きの妥当性についてどう考えるのか、という意見を発信することの方が有効なはずだ、と考えるものです。
2011年の春以降、福島に残る人と去る人、補償の線引きに関わる人々の間の分断があるといわれています。これは、原発を推進してきた人たち、事故の第一義的な責任者たちにとってみれば、ある意味やりやすい、と言えるのではないでしょうか。
やるべきことすべてを、すべての人がやることは当然できません。
それそれが、それぞれの分野でできることをやっていく。齟齬もきっとあるでしょうが、コミュニケーションをとり続ける覚悟が求められていると思います。

すべからくこどもは避難させるべき、というならば、少なくともどの地域を対象にするのか、ということを明示する必要があります。それでもそのボーダーラインのすぐ外側にいる方々は、難しい判断をすることになると思います。

なお、有機JAS規格は食品としての安全性を担保するものではなく、主として農業の持続性や環境保全を担保するためのものだと聞きます。それも含め、化学農薬や化学肥料を使わないから「安全」だ、というのは、実は原発事故以前も以後も関わらず、疑問符がつく話だと私は考えています。
有機だから安心・安全だとことさらに強調してきたとすれば、農法にかかわらず農地が放射能に汚染されたことで、有機農業の存在意義を語ることができなくなった、ということになるのでしょう。しかし、農産物の安全性は、有機農業とは別の次元で考える必要があると思います。
私自身は、有機農業とは「人も含めた里山の生き物を育む農法」であると考えますが、「高品質の農産物をつくる農法」であるということもかつて教えていただきました。それに加え、福島の有機農家の方々は、セシウム吸収抑制にも強い農法である、ということを実践で明らかにしつつあります。そこには教えていただくことがたいへん多い、と思わざるを得ません。

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